2009-1-04 03:01:41, written by:nonbei
私の元旦の迎え方は、書写山 圓教寺にて除夜の鐘を打って始まります。
5年連続参加!幼なじみ!けんぼおサン。
毎年31日
8:30に作戦名
[マスオさんを誘拐]
を実行して頂く中心人物です。
待つ事、3時間、私の出番です!
果たして私の御札の番号は? 私の煩悩の数は?
です。
諸説ですが、「何も感じない]とでました。
さぁー2009年は、どんな年に成るか楽しみで楽しみです!
私は、
「これだね」。
NON BAY
私の元旦の迎え方は、書写山 圓教寺にて除夜の鐘を打って始まります。
5年連続参加!幼なじみ!けんぼおサン。
毎年31日
8:30に作戦名
[マスオさんを誘拐]
を実行して頂く中心人物です。
待つ事、3時間、私の出番です!
果たして私の御札の番号は? 私の煩悩の数は?
です。
諸説ですが、「何も感じない]とでました。
さぁー2009年は、どんな年に成るか楽しみで楽しみです!
私は、
「これだね」。
NON BAY
久しぶりにRD400です。 世の中の時間が経つのはとても早いです、僕の体内時計はとても遅く世間とのギャップを感じます。この前のRD400①・RD400②を書いたのは梅雨のじとじと真っ盛り体感湿度70%肉肉しい僕の体は悲鳴をあげてました。 あれから5ヶ月ついにココまでやって来ました!
本当に細かな作業が一つづ続きます。1979YAMAHA rd400最終モデルに 1976 YAMAHA RD250のタンクを付けてみました。
1973年、DX250(1971年)とRX350(1971年)が、RDシリーズとしてそれぞれRD250/RD350に生まれ変わり登場した。有効にパワーを引き出すことをコンセプトに、7ポート・トルクインダクション吸入のエンジンを採用し、ミッションは5速から6速へと変更になった。前モデルから受け継いだ足回りは軽快なコーナーリングに生かされている。ここからスタートしたRDシリーズは、この後も開発には全力が投入され、1970年代の2ストロークスポーツモデルの伝統を築いていった。
1975年にRD250はロングリーチプラグや、40mm延長されたマフラーの採用などマイナーチェンジ。RD350は同年のモデルが最終型となった。翌1976年、RD250
は前後ディスクブレーキを採用し、直線基調のデザインに。RD350のストロークを8mmロングにして排気量をアップし、RD400が登場した。1977年にはマイナーチェンジ、2年後の1979年には、RD250、RD400ともに、後のRZにも通ずる丸味を帯びたデザインに変更され、キャストホイールを採用した。
RD50、RD90、RD125は揃って1974年に登場。RD50、RD90はシングル、RD125はツインとシリンダー数は違うものの、トルクインダクション方式は共通。フロントにディスクブレーキを装備し、スタイルはRDシリーズとして統一されたものとなった。その後、各車とも直線基調の外装に変更するなどマイナーチェンジを繰り返し、1978年にはキャストホイールを採用したRD50SPがラインナップ、そして1980年の最終モデルをもって「RD」の名は姿を消した。
が
29年の時を越え、2009に!
お客様と良いイメージでプランニング後。
僕が良いイメージで作品製作致します。素敵な時間をプレゼント出来ると信じています。
心・センス・時間がかかりますので、お客様とご相談させていただきます。
NON BAY
リンク追加しました。 リュウユウ君のワークショップRyuyu(リュウユウ) website
七宝(しっつぽう)焼のArt tatujin! 作品見てください、すごいよマジで!!
その昔、KAWASAKI W1のエンブレムは、七宝(しっつぽう)で出来てたみたいです。
コラボしましょ!! よろしくお願いします・・・
寒くなるとココが恋しくなるんです。 ご覧の通り素敵でしょ? ココには金泉と銀泉二種類あるんで、これまた最高なんです。
おまけに人数制限がありまして、男湯5人、女湯8人
僕は、平日が休みなので、ほとんど貸切なんです。
心安らかに、させてくれます。
ツーリングで行く? 僕とプライベートで行く?
NON BAY